家族

現在43歳で、2児の母である私ですが、2度の流産経験がありました。そしてこの程3度目の流産をしました。

1度目は長女を妊娠する1年前、2度目は長女が生まれ、妊活を初めて2年目(次女を妊娠する1年前)、3度目は3人目の妊活を初めて1年目の先月です。

3度目の流産で、妊活は区切りをつけ、終了にしたいと思うようになりました。幸い2人の子供に恵まれ幸せな生活を送っていますが、これまでの妊活を振り返って、いま妊活に悩む方へ少しでも参考になればとこの記事を書きました。

最初の流産

籍を入れる前に発覚した妊娠

夫と婚約をし、籍を入れる前に妊娠が発覚しました。当時35歳、とても嬉しかったことを覚えています。季節は秋で、予定日は次の夏のはじめ頃でした。

こんなに簡単に妊娠てするもんなんだーと思ったりしました。産婦人科に行き、無事、妊娠の診断をしてもらってから、自分のカラダにもう一つの命が宿ったことが不思議でたまりませんでした。

8週で成長が止まり流産

順調かと思われた、2度目の産婦人科の健診で、胎嚢の成長が遅いということを告げられました。このまま成長が止まると流産になるので楽観できないと。まさかとは思いましたが、早く成長してくれ!と願っていました。

翌週も健診にいくと、やっぱり胎嚢が成長していませんでした。近い内に胎嚢を体外に排出するために陣痛がくるだろうと言われました。次の妊娠を望むなら手術のほうがよいと言われて、予定を調整していましたが、スケジュールより早く陣痛が始まってしまい、2~3時間の後、家のトイレで胎嚢が排出されました。レバーのような赤い物体。これが成長できなかった我が子なのかと思いました。と同時に、成長させてあげられなくてごめんね。と涙が流れました。

あのとき、無理をして重い物をもったからかな?あのとき、信号を走って渡ってしまったからかなとか?とかいろいろ自分を責めました。今ならわかりますが、10週目までの流産は母体のせいでは決してなく、遺伝子レベルで成長が見込めない受精卵だったということなのですが、当時はいろいろ落ち込みました。

これで1度目の妊娠が終わりました。12月23日でした。成長できなかった今回の妊娠。どうしても子供がほしい、子供を生みたいと強く願うようになり、ここから私たちの妊活が始まりました。

1回目の妊活は濡れないという悩み

1度目の流産から3ヶ月。ようやく私の体も妊娠できる準備ができ、前回の流産についても割り切ることができました。

初春の頃からはじめました。当時、私は36歳でした。流産した悲しみからか、早く妊娠したいという想いで、今思うとかなり焦っていました。

排卵日に合わせて性交渉する、いわゆるタイミング法で妊活してました。枕元に基礎体温計をつけ、毎朝目覚めたらすぐに体温を計り基礎体温ノートに記すということをしていました。

排卵検査薬を使い、排卵の兆候を逃さないように準備周到にしていました。排卵検査薬は国産のものと中国製のものを使っていました。日本製のものは値段が高く、頻繁に使うことに躊躇してしまったので、日本製の値段の3分の1程度の中国製のものをネットで取り寄せ排卵予定の3日前くらいから1日3回くらい検査して排卵を逃さないようにしてました。

そういえば当時はまだ妊活という言葉は、世間一般ではそこまで定着していませんでしたね。ネットでいろいろ調べても妊活という言葉ではヒットしなかったのを覚えています。

濡れなくて痛い

妊活を初めて、夫との性交渉が作業になっていくのがとてももどかしい気持ちになっていくのを覚えています。多分夫も同じ思いだったかと。

性欲のためでなく、妊娠のため。私も夫もその想いで毎月タイミングを取っていました。そのためか、私自身、濡れにくくなっていき、同時に挿入時に痛みを伴うように。夫も射精するまでに時間がかかるようになってしまいました。

この頃、毎月の性交渉が苦痛になってしまい、とても悩むようになりました。夫ともお互いに性交渉の際の悩みを打ち明け、夫も同じ想いだったのがわかりホッとしたのを覚えています。

妊活用の潤滑ゼリー

そんな悩みの中、調べた結果、私達夫婦の悩みを解決してくれるのが妊活用の潤滑ゼリーでということがわかり、取り入れてみようということになりました。

当時は今ほど妊活用の潤滑ゼリーが普及していなかったので選択肢は多くありませんでした。選択できるのはプレシードか、ピンクゼリーだったと思います。一番手に入れやすいプレシードを購入して試していました。

9ヶ月で妊娠成功、そして出産

そんなこんなで妊活9ヶ月目で待望の妊娠反応がありました。当時は妊活のために、正社員だった会社を辞め、アルバイト契約で仕事をしてたのですが、仕事内容がアパレル販売の接客だったので、流産しないために仕事も辞め、できるだけ安静にするようにしました。

妊娠5ヶ月の安定期まで、本当にヒヤヒヤと不安でいっぱいでした。また流産したらどうしよう、これで流産したらきっと私は妊娠できない身体なんだ、母親になれない運命なんだとネガティブな気持ちでいっぱいでした。

それでも、お腹は順調に大きくなっていって、やっとの思いで臨月まで来ることができました。そして出産。

出産時は逆子になったりして少し難産ではありましたが、母子ともに無事に出産を終えることができました。このとき1度目の流産があったからこそ今の出産があるんだ。ちゃんと流産に向き合ってよかったと思うことができたのです。

2回目の妊活

長女が生まれてから、それなりに育児は大変でした。二人目なんか無理!と思う時期が長く続きましたが、長女が3歳くらいになると、育児も慣れて余裕が出てきました。

夫の希望もあり二人目の妊活を始めることになりました。

濡れないときは妊活用潤滑ゼリー

前回の妊活で、濡れないのはわかっていましたからどうすればいいか色々調べていました。そこで行き着いたのが妊活用の潤滑ゼリーローションでした。このブログでも多く記事を書いています。

潤滑ゼリーによって、本当に助かりました。毎月のタイミングはスムーズになり、時間も早く済ませることができ、ストレスなく性交渉が出来るようになりました。

同じような悩みの方は是非こちらをご覧ください。

ミトコンドリアなど妊活サプリ

また、妊娠しやすくなるように体調を整えることに努めていました。

具体的には、葉酸サプリやミトコンドリアサプリです。

葉酸はビタミンの一種で、子宮環境を整えたり赤血球を増やしたり、妊活中や妊娠初期に不可欠な栄養素です。

ミトコンドリアサプリは、細胞内小器官であるミトコンドリアを活性化して、体内環境を整えたり代謝をよくするなどして、妊娠しやすいカラダ作りには欠かせないものです。

こちらも購入していました。

出来ることはと思いいろいろ試しましたが、なかなか出来ることはありませんでした。

妊活開始から一年と3ヶ月。私も40歳で、高齢だし妊娠は無理かな、一人っ子でもしょうがないかと半分くらい諦めてた矢先。

待望の妊娠。長かった!というのが正直なところでした。

そして2度目の流産

正直、油断していました。自分自身が高齢妊娠であること、さすがに流産が2度目はないだろうと楽観していました。

しかし、長女の育児があるため妊娠中と言えども妊娠前の生活と変わりませんでした。

妊娠12週の健診で心拍が確認できなくなっていました。前回健診のときは全く異常が見られなかったのにもかかわらず。

突然いなくなってしまったお腹の命。ゴメンねと声をかける気力も無くなってしまったことを覚えています。

そして堕胎手術。カラダは妊娠中と勘違いしているので出産しようとします。これがとてつもなく痛い。泣きました。

こうした経緯もあり、当初は出来ればいいなと軽く思っていた二人目でしたが、この時からどうしても二人目が欲しいと強く思うようになりました。

このとき私は40歳と2ヶ月でした。

3回目の妊活

二人目を妊娠すべく、3回目の妊活を始めたのが40歳と6ヶ月くらいのころ。一般的に40歳をすぎると妊娠できる可能性はガクンと下がると言われています。

長女の幼稚園のママのうち同世代の方で不妊治療でクリニックに通院している方が2名いました。その方たちは妊娠希望でしたが、年齢を考えると諦めるモードが半分入っているとのこと。42歳の誕生月までやってだめだったら終了するとのことでした。

私も二人目がほしいものの、半ば諦めがあったのは事実でした。不妊治療を受けるにも多額の費用が掛かるので中々躊躇していました。

そんな矢先、立て続けに2人のママは不妊治療に成功し、体外受精という形で妊娠に成功しました。それぞれ、41歳、40歳でした。自分のことのように喜んだ反面、自分が妊娠できないことに落胆しました、やっぱり不妊治療をしないと無理かなと。(ちなみに、あとで聞いた話ですが2人が通院していたクリニックは不妊治療で有名な加藤レディスクリニックでした。噂には聞いていましたが、やっぱり有能なクリニックに掛かると妊娠できるものなのですね)

とはいうものの、やはり不妊治療は平均190万と費用が掛かりすぎるし我が家ではちょっと無理。

自然妊娠にわずかな確率に期待して、「42歳までやってだめだったら諦める!」という覚悟で、気楽にやっていこうとういうことを主人と話しました。

4回目の妊娠と出産

前回の流産から1年4ヶ月。ついに妊娠反応。

このときは喜びの反面、ちゃんと産めるのかという不安でいっぱいでした。

41歳4ヶ月という高齢。リスクは多いです。胎児への影響、そして自分自身のカラダも。不安でたまらなかったのを覚えています。

羊水検査が怖い

妊娠4ヶ月のころ、羊水検査をしました。羊水検査は胎児がダウン症など染色体の遺伝子異常の有無を調べる検査です。

検査としてはお腹に針を刺し、羊水を採取するのですが、この際に胎児を傷つけてしまうリスクもあります。

ひとまず検査は無事に終わりましたが結果が出るまでには数週間かかり、その間は不安でしょうがないです。

妊娠高血圧が怖い

妊娠7ヶ月目くらいから妊娠高血圧の傾向があると医師から指摘をされていました。あと5上がったら妊娠高血圧症候群として診断され、別の病院に転院する必要でした。私は無痛分娩を希望していたので他の病院に転院となると、無痛分娩ができる病院が通院可能な距離にあるのか、そんなことも心配していました。

食生活には相当気を使っているのにもかかわらず、血圧が下がらない。サプリも飲むようにしてギリギリのラインを維持していましたが、お腹の赤ちゃんに影響がでないかなどいろいろ不安でした。

無痛分娩ってすばらしい…が、

前述の通り、第二子の出産は無痛分娩で出産しました。赤ちゃんは何事もなく生まれてくれました。私のほうも無痛分娩のおかげで、一人目の出産が嘘のように、カラダがピンピンしていました。翌日には普通に歩けましたしトイレも不自由なく行けました。一人目のときはドーナッツクッションを手放せない日々が2週間くらい続いていたので、無痛分娩は本当にカラダに負担が少ないのだなあとしみじみでした。

しかし出産から2週間しないくらいのときに倒れました。救急車で緊急搬送されました。その時の血圧は220を超えてたそうです(救急隊いわく)。

妊娠高血圧で産後に高くなってしまうパターンの症状らしく、一晩入院して翌日には薬をもらって退院しましたが、出産後にも妊娠時のリスクが影響してくるのはとても怖かったです。

高齢の妊娠のリスク

ここまで、述べましたように40歳を過ぎ、一般に高齢出産のリスクと言われることを経験しました。

私の場合は、幸いにも我が子を2人も授かることができ幸せではありますが、流産の悲しみ、絶望、そして出産後の自身の健康リスクに対する恐怖など、考えさせられることがいっぱいありました。

夫は子沢山こそ家族の幸せと信じており、できればあと一人と考えているようですが、私はもう十分。

ということで、3人目の妊活はこの程終了ということになった次第です。

それでも、私は、40歳過ぎて、かけがえのない妊娠を希望する方を応援したいと思っていますので、いろいろこのブログで発信できたらいいなと思っています。